「その患者さんに、いつ、何を処方したか」。この問いに、カルテ棚へ向かわずに答えられる医療機関はどれだけあるだろう。首都圏で自由診療の美容医療を展開するある医療機関は、この答えをLINEを開いて数秒で出す。会員は約5万人。処方・施術の利用記録は70万件を超え、いまも月5万件のペースで増え続ける。紙のカルテでも、高価な専用システムでもない。患者が毎日開くLINEそのものを、“電子カルテ”のように使うという選択だった。
舞台——低用量ピルから美容内服まで、サブスク型の自由診療
この医療機関が扱うのは、美容内服(ビタミン剤・トラネキサム酸など)、ダイエット内服、低用量ピル、AGA治療薬といった継続処方と、ピーリングや美容点滴などの施術だ。料金は月額制のサブスクリプション。会員になれば、毎月の処方や施術を定額で受けられる。
2022年秋にサブスクラインでこの仕組みを立ち上げてから約3年半。会員は約5万人まで積み上がり、累計の解約を差し引いた継続率は約87%を保っている。だがこの数字より先に語るべきは、その裏側にある「記録」の話だ。継続処方のビジネスは、一人ひとりの“いま何を使っているか”を把握し続けられるかどうかで決まる。

医療現場の宿命——「患者の記録」はいつも分散する
医療機関の情報は、性質上どうしても散らばる。診療の記録はカルテに。予約は電話と台帳に。物販や再処方の注文は別のECやレジに。患者との連絡はLINEや電話に。それぞれは正しく管理されていても、「この患者さんの全体像」はどこにも存在しない。
受付で会員証を確認し、カルテを引き、前回の処方を確かめ、ECの注文履歴は別の画面で開く。ベテランは記憶で補えるが、新しいスタッフには全部が初見だ。患者側から見れば「前も伝えたのに、また同じことを聞かれる」体験になる。会員が数千人を超えたあたりから、この“横断コスト”は無視できない大きさになっていた。
数字で見る——分散していた頃と、いま
表の左右で変わったのは、使うツールの数だけではない。「記録する場所」と「患者と話す場所」が同じになったことが本質だ。記録のためだけのシステムは、入力が後回しになり、形骸化する。だがLINEは毎日必ず開く。患者対応のついでに記録が残り、記録が次の患者対応を助ける。この循環が、続く仕組みの正体だった。
選んだ理由——「患者台帳を、患者がいる場所に置く」
きっかけはシンプルな発想だった。患者は全員、LINEの友だちリストの中にいる。ならば、会員情報も、処方の記録も、来院の履歴も、患者その人に直接ひもづけてLINE上に置けばいい。サブスクラインは、LINE公式アカウントの友だち一人ひとりに会員情報・ラベル・利用履歴・注文履歴を紐づけて管理できる。つまり、友だちリストそのものが患者台帳になる。
もちろん、法定の診療録は院内のルールに従って別途管理している。LINEに集約したのは、日々の患者対応に必要な情報——誰が会員で、いつから、何を処方され、いつ来院し、何を注文したか——だ。“正式なカルテ”と“動かすための台帳”を切り分けたことで、規程を崩さずに現場のスピードだけを上げられた。

やったこと① 会員登録が、そのまま患者基本台帳になる
入口は月額サブスクの会員登録だ。患者はLINEからプランを選び、氏名や連絡先を登録して決済する。この時点で、LINE上のその人のプロフィールに会員情報が紐づく。会員証もLINEの中にあり、来院時に提示するだけでいい。「LINEの友だち」と「会員名簿」が最初から同一なので、名簿の突き合わせという作業自体が存在しない。
やったこと② ユーザー詳細の「コンテンツ設定」を、日々のカルテにする
ユーザー管理には、一人ひとりの詳細画面へテキストと画像を複数保存できる「コンテンツ設定」がある。この欄に診療メモ、経過記録、次回確認事項、患者へ説明した内容を残せば、日々の患者対応で使う“カルテ本文”になる。各記録には最終更新日時も表示されるため、誰が画面を開いても最新の状態を確認できる。

例えばテキストには「来院日・主訴・処方や施術・経過・次回確認」を残し、画像には肌状態の説明資料や施術経過を添える。診療日は本文内へ明記し、画面に自動表示される最終更新日時と分けて管理する。これは法定の診療録を置き換えるものではないが、受付やカウンセリング、継続処方のフォローに必要な文脈を、患者のプロフィールからすぐ開けるという点で、現場の電子カルテとして機能する。

やったこと③ 処方と施術を「ラベル」で構造化する
コンテンツ設定が経過や判断を残す“本文”なら、ラベルは現在の状態をひと目で把握する“索引”だ。この医療機関は、扱う処方薬と施術を約120種類のラベルとして登録している。美容内服ならビタミン剤や肝斑治療薬を薬剤ごとに。ダイエット内服なら用量違いまで分けて。低用量ピルは製剤ごとに。AGA、まつげ美容液、軟膏、睡眠改善、そしてピーリングや美容点滴などの施術メニューまで。
処方や施術を行ったら、スタッフがその患者にラベルをタップで付ける。それだけで、その人のプロフィールが「いま使っている薬と、受けてきた施術の一覧」になる。現在、記録が付いている患者は約6万人——友だちのほぼ全員だ。コンテンツ設定の詳細な記録と、ラベルの構造化された分類を同じ画面で見られるから、担当者の記憶に頼る場面が消えた。

やったこと④ 月5万件の利用記録が、自動で積み上がる
サブスク会員が処方や施術を受けるたび、利用記録がワンタップで残る。累計は70万件を超え、月あたり約5万件のペースでいまも増えている。「いつ来て、何を使ったか」の時系列——紙の台帳なら棚一つ分の情報が、患者ごとに自動で整理されていく。
この履歴は、単なる保管ではなく判断の材料になる。前回の処方からの経過日数、来院の間隔、利用が止まっている会員。台帳をめくらなくても、条件を指定すれば該当する患者のリストが数秒で出てくる。

やったこと⑤ 予約も同じ場所で——累計5万件
予約もLINEで完結させた。患者は空き枠から日時を選んで予約し、キャンセルの申し出までLINE上で済む。累計は約5万件。電話で受けて台帳に転記し、行き違いがあれば掛け直す——という往復が消え、予約履歴もまた、その患者の記録の一部として同じ台帳に積まれる。
やったこと⑥ 物販・再処方の注文も、カルテと同じ場所に
院内で扱うコスメや再処方の注文はLINE内のストアで受けており、累計注文は約2万件にのぼる。ここでも重要なのは売上そのものより、「誰が何を買ったか」が処方・施術と同じ台帳に載ることだ。外用薬を買った人、特定のコスメを使っている人——あとで説明する“出し分け”の精度は、この記録の厚みがつくっている。
「記録するカルテ」から「動くカルテ」へ
ここまでは記録の話だ。だがこの事例の本当の価値は、その記録がそのまま配信の精度になることにある。
この医療機関は、処方・施術ラベルを条件に約140のユーザーグループを組み、約110本のセグメント配信を運用してきた。ダイエット内服を使っている人にだけ再診のタイミングを、低用量ピルの人にだけ服用継続のフォローを、施術を受けた人にだけアフターケアの案内を——“その人の記録”に基づいた連絡だけが届く。全員への一斉配信は、もうしていない。

これは数字の上でも合理的な選択だ。LINE公式アカウントのブロック率は、医療・美容が全業種で最も高い。
| 業種 | LINEブロック率(中央値) |
|---|---|
| 日用品 | 19.1% |
| 飲食 | 22.8% |
| 化粧品 | 34.8% |
| 人材 | 35.8% |
| 医療・美容 | 37.0% |
出典:Social Plus「LINE公式アカウントのブロック率」2024年調査(友だち1,000人未満を除外)。平均ブロック率は29.7%。
ブロックの最大の理由は「配信の頻度が多すぎる」(26.5%・モビルス2025)。関係のない案内が届くほど、患者は“多すぎる”と感じて離れる。カルテ的な記録があるからこそ、関係のある人にだけ送れる。記録の正確さが、そのままブロックされない配信をつくる——電子カルテ的な運用とLINEマーケティングは、実は同じ一つの仕組みだった。
運用実績
会員約5万人・継続率約87%という結果は、派手な獲得施策ではなく、記録→関連性の高いフォロー→定着という地味な循環の積み重ねだ。3回の接点を持てた顧客は約9割が定着するという業界データ(POS+/タカラベルモント)のとおり、“最初の数回”を記録に基づいて丁寧につなぐことが、継続率の土台になっている。
スタッフの働き方はどう変わったか
最も変わったのは引き継ぎだ。担当が変わっても、新しいスタッフがその日から患者の文脈を持てる。開けば処方歴・来院歴・注文歴が一覧できるからだ。電話での予約受付と確認の往復も消えた。「探す・聞き直す・転記する」に使っていた時間が、目の前の患者への対応に戻った。
AIが台帳を読む——次の一手は提案されるものに
蓄積された記録は、AIの燃料にもなる。サブスクラインのAIエージェントは、会員データと利用履歴を分析して「どの処方グループに、いつ、何を案内すべきか」を根拠つきで提案する。スタッフは内容を確認して承認するだけ。AIが勝手に患者へ送ることはない。提案はAI、最後の判断は人——医療の現場で欠かせない慎重さを保ったまま、運用が止まらなくなる。
スタッフ・患者の声
新人の頃、いちばん怖かったのは『前回何を出したか』が分からないことでした。いまは開けば全部ある。患者さんに聞き直さなくていいのが、いちばん安心です。
── 受付スタッフ
自分が飲んでいる薬のことだけ連絡が来るので、ちゃんと管理してもらえている感じがします。予約もLINEで済むので、電話をかけたことがほぼありません。
── 会員患者(20代・女性)
カルテを電子化したかったというより、患者さんとの接点を一つにしたかった。結果的にそれが、いちばん実用的な“電子カルテ”になりました。
── 運用責任者
これからの展望
記録は増えるほど価値を持つ。次の段階は、70万件の利用履歴をもとに、一人ひとりの利用ペースに合わせた案内をAIパーソナライズ配信で“1人ずつ”に変えていくことだ。同じ処方グループの中でも、始めたばかりの人と2年続けている人では、必要な言葉が違う。記録がその違いを教えてくれる。
検討中の医療機関へ——運用責任者からのメッセージ
「専用システムを増やすほど、現場は入力に追われて記録が形骸化します。うちは逆に、患者さんが毎日開くLINEに寄せました。処方をラベルで付ける、利用をタップで記録する——それだけの運用ですが、3年半で70万件の記録になり、いまでは配信もフォローも全部この台帳から動いています。対面の診療でも、オンライン診療や定期処方のサービスでも、考え方は同じはずです。患者さんの記録を、患者さんがいる場所に置く。それがいちばん続きます」。
まとめ——記録の場所を変えるだけで、運用は変わる
カルテ・台帳・EC・連絡手段。分散した記録を「患者がいる場所」へ集めただけで、確認は数秒になり、引き継ぎは資産になり、配信は関連性を持ち、会員5万人・継続率約87%の継続ビジネスが回り始めた。LINEを“電子カルテ”のように使う——専用システムの導入より先に、検討する価値のある選択肢だ。
データ出典:業種別ブロック率・平均ブロック率29.7%=Social Plus「LINE公式アカウントのブロック率」2024年調査(友だち1,000人未満を除外)。ブロック理由1位「配信の頻度が多すぎる」26.5%=モビルス2025(655名調査)。3回来店で約9割継続=POS+/タカラベルモント。本医療機関の個別数値(会員数・継続率・利用記録件数・予約件数・ラベル数・注文件数)は当該医療機関の実績にもとづく値です。
